南相馬から


今日、南相馬に住む親戚が私の所に来た。私の作ったお米を受け取りに。

私の父親は福島県新地町の出身。なので今でも多くの親類が浜通りの新地町〜南相馬で暮らしている。あの辺りも田園地帯なのでこれまで私のお米を欲しがることはなかったのだけど、大津波による塩害で多くの農家が作付けできなくなってしまったのだそうだ。今日話した限りでは、来年もどうなるか分からないらしい。

もちろん原発事故の影響もかなり受けている。住まいは原発から24km、初秋まで仙台に避難していたそうだ。今はだいぶ落ち着いたと話していたけれど、やはり放射能のことは心配していた(子供がいる分なおさらだろう)。改めて被災地福島の苦労を思い知った次第だ。

父が亡くなってから福島の親類とは疎遠になりつつあったが、震災を機にまた連絡を取る関係になっている。私も大したことができるわけではないが、こうしたことでお役に立てるのであれば嬉しい。私の親類に限らず苦しい生活を強いられている人はたくさんいると思うけれど、なんとか踏ん張って、乗り越えてほしいと願う。

最後に。小さい頃、家族で父の実家に遊びに行くときはいつも松戸から新地町までずっと国道6号線を走って行った。常磐道が出来てからもいわきからはやっぱり6号線だった。なのであの海岸線の風景は楽しい印象とともに今も記憶に残っている。あの風景、町並みが津波に呑み込まれてしまったのかと思うと寂しい限りだけれど、なんとか元の姿を取り戻してくれればと思う。

今回、少し落ち着いた状況で福島の親類と会い、そんなことを思った。

長くまとまりのない文章になっちゃいましたが以上です。(めぐ)

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