
読みにくいかもしれませんが、米沢にお墓がある経緯はこんな感じなんだそうです。
私の年代(30代)だと数年前に放送された大河ドラマの影響などから、新撰組に対するマイナスイメージはほとんどありません。でも、この当時に近藤勇の墓を建てることは、ある意味命懸けだったんだろうなと思います。ですから官軍(明治新政府)はもちろん、人目にもつかないようひっそりお祀りしていたような雰囲気が今でも感じられます。「勝てば官軍、負ければ賊軍」という言葉がありますが、近藤勇の墓を眺めているとその言葉の意味がよく分かる気がします。ちょっと寂しい気もしますけどね・・・。(めぐ)
ちなみに近藤勇の墓所は数ヶ所あり、会津や彼の出身地(多摩)にほど近い三鷹などにあるそうです。
